2007. 5. 3(木) 「憲法施行60年」

ゴールデン・ウィークも後半に入りました。
今日は「憲法記念日」、日本が世界に誇る憲法が施行されてから、
今日で60年が経ちました。人間で言えば還暦です。
日本国憲法が施行されたのは1947年5月3日。終戦が1945年8月15日
ですから、戦後の混乱の中、憲法の草案から発布、施行に至るまで、
僅か1年9か月弱だった事になります。
これは恐るべき速さです。
日本国憲法は、当時占領政策の中心的役割を果たしていたGHQの主動
のもと作られたと言われていますが、実はアメリカの意見だけを押し通したも
のではなく、敗戦国である日本をはじめ、同じく戦勝各国による極東委員会の意見も強く
反映されているはずです。
日本の憲法は「理想憲法」とも呼ばれますが、その意味では、世界中の理想を結集し、
明文化したものであるとも言えます。
改めて言うまでもない事ですが、「国民主権」、「基本的人権の尊重」、そして「戦争放棄」、
これらが我が国の憲法の3本柱です。
今、これが戦争放棄を定めた第9条を中心に、改正へと動いています。
「現実に即した新しい日本の理想に向けて」というお題目は大切ですし、解釈論も限界に
来ているのも分かりますが、これは「大きく際どい賭け」のような気がします。
確かに、日本国憲法は今や現実にそぐわない、絵空事の理想であるかもしれません。
ルール違反の積み重ねが現在の矛盾の原因とも言えます。
既成事実に合わないからルールを変えてしまう、この考えはどうかと思います。
しかし、そう仕向けてきたのは他ならぬ日本国民、主権を持つ我々です。
日本国憲法の前文の終わりには、こう書かれています。
「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを
誓ふ」
安倍首相は憲法改正に強い意志を持っており、憲法改正のための手続きを定める「国民投
票法案」の成立もほぼ確実と言われます。この法律では、18歳以上の若年層にも投票権が
与えられます。この法律が成立すれば、憲法改正のためのお膳立ては揃う事になります。
みなさんも現在の憲法については様々な思いを持っておられると思いますが、世の中の大多
数の人の考えが、「世論に従う」でない事を強く望みます。
本当に平和を願う心があれば、憲法改正に賛成か反対か、どちらの意見を持っても良いと
思います。
ただし、日本国民である以上、「興味がない」とか、「お任せするから決まったら教えてね」では
済まされません。人の受け売りではなく、自らの考えをしっかり持ってそれを述べる事、そして、
その考えに「生涯責任を持つ」事が、何より肝要です。
ご参考までに、日本国憲法 第2章 第9条の条文を、以下に引用させて頂きました。
第2章 戦争の放棄
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動た
る戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久
にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦
権は、これを認めない。
誰の言葉かは忘れましたが、こんな言葉があります。
「国を滅ぼすのは戦争でも疫病でもない。大衆の愚かさである」
私達日本人は、戦争の悲惨さを体験した先輩達が、当時どんな気持ちで新憲法を迎えた
か、党利党略とは無縁に、今、崇高な理想の変更を明文化して本当に良いものかどうか、
早急に熟考してみる必要を強く感じます。
2007. 5. 5(土) 「柏もち」

今日は「子供の日」、端午の節句です。
日本では、古くから端午の節句に粽(ちまき)や柏もちを食べる習慣
がありますね。
端午の節句は、中国の端午節が日本に伝わり、形を変えて定着した
もので、元もと端午とは、月の最初の「午」の日をいい、この日はあま
り良くない日なのだそうです。
その日に魔よけの植物である蓬(よもぎ)や菖蒲(しょうぶ)の葉を
お供えして、息災と魔物退散を願ったのが始まりと言われています。
また、柏の木は、秋に落葉せずにそのまま冬を越す事ができ、「春になって新芽が出ないと
古い葉が落ちない」という特徴がある事から、子孫繁栄の縁起物としてされていました。
江戸時代になって、その葉で餅を包む時の手つきが拍手(かしわで)を打つ様子に似ていた
事から、武運を願う意味からも、柏の葉で包んだ餅が武家社会を中心に広まりました。
これが柏もちです。
弱く純粋な子供を災厄や病気から守り、繁栄を願う気持ちが、柏の葉で巻かれた餅を食べる
文化として現代に受け継がれている訳ですね。
日本では、端午の「午」と「五」の語呂を合わせて、5月5日を「端午の節句」とするようになり
ましたが、1948年(昭和23年)、端午の節句は「子供の日」として祝日に制定されました。